結婚するために婚活をやめる!? そのA

結婚するために婚活をやめる!? そのA

疲れた女が必死で男を探す悲惨

 

さあ、ここからが問題です。

 

「このまま仕事だけしていたのでは、私は一人……」という不安のなかで婚活をはじめると、輝かない女性になってしまう理由がここにあります。

 

あなたは、忙しく仕事をしているということに「不安」を感じてしまいました。

 

すでに「仕事を忙しくしている女」という自分に疑問を感じています。

 

それは、その環境に身を置いている自分に、心底「同意」できていない状態です。

 

これは充実感を奪う魔物、自己矛盾です。

 

自己矛盾状態にある人の精神は不健全で、慢性的にストレスを感じています。

 

それは当然、表情や態度に表れてしまいます。

 

だから輝きません。

 

この状態で出会いを求めるのは、「運よく結婚相手にめぐり会えたら、私の不安は解消される」という願掛けのようなものになってしまいます。

 

ところが、いくら願を掛けても、日常生活では「自己矛盾」ですから、輝きを発しない「疲れた女」になっています。

 

「疲れた女性が必死になって、男性を見つけることに走り回っている」様子こそ、見るも無残で最悪な状況に見えます。

 

そしてその状況こそが、出会いから一番かけはなれた状態といえるのではないでしょうか。

 

幸せへの願掛け状態で相手を探していると、おのずから、相手が見つかれば幸せで、そうでなければ、つねに自己矛盾状態のなかに生活するというモードに入ってしまいます。

 

 れは、自分の幸せが「相手にかかっている」ということです。

 

自分の人生が相手次第になってしまうわけです。

 

これではいけません。

 

結婚するというのは、これからの何十年という人生の「方向」を決めてしまう重大な決断です。

 

方向と到達点がいかに大事であるかはすでに述べたとおりですが、結婚についてもそれは同じことなのです。

 

ただ結婚すればいいというものではありません。

 

それが、自分自身の深いところにある「価値」に同意できない方向に進んでいくものなら、結婚はけっしてあなたに幸せをもたらしません。

 

結婚というのは「自分の生きる方向を決める」作業です。

 

これは、ほかでもなくあなた自身の選択です。

 

つまり、結婚する・しないの前に、あなたが人として、女として、何のために、どう生きていきたいのかという生き方が初めになければいけないということです。

 

あなたの人生に関するかぎり、他力本願ではいけません。

 

結婚はあなたが自分の人生で、「こうでありたい」と思い描く道の延長線上になければならないのです。

 

結婚したい理由は、不安を打ち消すためではダメ

 

結婚したい理由が、ただ「一人だとさびしいから」とか「このままずっと一人なのかな……」などという漠然とした不安を打ち消すためであると、その結婚はけっしてあなたに充実した結婚生活をもたらしません。

 

それどころか、あなたから不安を取り去ることもありません。

 

結婚しても、不安は解消されない可能性かおるからです。

 

前述したように、この状態の結婚は、相手あっての自分ということになってしまいますから、とにかく相手の一挙一動すべてが気になって仕方ありません。

 

30代に突入してから結婚する男性は、それなりに職場での責任や付き合いもあって、アフター5の時間も重要だったり、仕事以外の付き合いや交流関係もたくさんあるはずです。

 

そうなってくると、新婚時代から帰宅が遅く、週末には二人で親密な時間を過ごせると期待していたのも裏切られ、彼は趣味や仕事で不在がちということにもなりかねません。

 

「せっかくいつも一緒にいられると思ったのに……」

 

そう言って悩んでいる女性は後を絶ちません。

 

さびしいからいつも一緒にいたい……。

 

私の不安を解消してくれる彼の近くに、いつもいたい……。

 

こういう気持ちは部分的には満たされますが、30代からの社会人の生活には高校生の恋愛と違って、学校をサボって二人っきりでイチャイチャしあうような時間はありえませんから、忙しい毎日がそのまま継続されることになります。

 

結婚したら、たしかに同じ家に帰ってくるでしょう。

 

しかし、二人の時間よりも、パートナーは、仕事の仲間と過ごす時間のほうが圧倒的に多いのです。

 

ですから、いつも一緒にいる、ということによって得られるはずの安心は得られません。

 

結婚したのにさびしさが解消されないケースは至るところにゴロゴロ転がっている、カップルの典型的な問題の一つでもあります。

 

「彼の言葉を信じたのに……」

 

涼子という女性の話です。

 

彼女は和歌山のとある町の裕福な家庭で育った箱入り娘で、34歳にしてようやくゴールインして一年が経過したばかりでした。

 

28歳を過ぎてから「こんな歳になるまで一人なんて、どうなってるんだ」と親や親戚が言うようになったといいます。

 

年齢のことなどまったく気にしていなかった本人ですが、30歳を過ぎた頃から真剣に焦りはじめてしまったそうです。

 

それまでは、地元にいれば生活は安定しているし、実家の家業を手伝えば何不自由なく生活できました。

 

ところが、家業を長男が継いで、お嫁さんが同居をはじめたことで、彼女の居場所はなくなってしまいました。

 

いざ真剣に結婚することを願いはじめると、相手がいない……。

 

この現実は、彼女を「不安の虜」にしてしまったのです。

 

資格を取ったり、いろいろなことをやりながらも、出会いがなく、あれよあれよという間に32歳になってしまいました。

 

何度か、親戚が持ってきたお見合いにも臨んだのですが、どうしても好きになれる人に出会えず、お見合いそのものに嫌気がさしてしまっていたのです。

 

ところが、結婚できないかもしれないという不安と焦りが絶頂になった32歳最後の週、友人と出かけたグアムの海で、旅行にきていた日本人男性にナンパされ、わずか半年で結婚を決めたというのです。

 

彼女がグッときだのは彼の一言でした。

 

「僕は死ぬ気で君を守る」

 

「彼はそう言ってくれたんです……」

 

何度も何度も彼女はそれをくり返します。

 

彼はベトナム在住の国際弁護士です。

 

日本企業の現地進出にともなう法律的な側面をケアする専門家ですね。

 

彼はバイリンガルで、とても魅力的で、「これからも1人なのかしら?」という不安を抱えていた彼女の心は、まるで魔法にかけられたようにときめいてしまったのです。

 

いろいろな不安がありました。

 

結婚したら、ベトナム居住となることがわかっていました。

 

しかし、彼女は32歳まで日本を出たことがなく、彼と出会ったグアムが初の海外でした。

 

もちろん英語も話せません。

 

英語もできないし、ベトナムの言葉もできない。

 

そればかりか海外生活の経験もない自分が、和歌山からベトナムに渡って本当に大丈夫なのだろうか……。

 

普通に考えれば、それがいかに難しい道であるかがわかります。

 

両親も、ようやく訪れた結婚のチャンスを逃してほしくないと願う反面、なにもベトナムに行かなくても……という思いもあったようです。

 

何度も家族会議を開いたといいます。

 

けれども、猛烈な彼のアタックとロマンチックな雰囲気に押され、彼女の心は結婚に傾きはじめました。

 

それでも決断できないでいた彼女に対して、彼が言ったのです。

 

「僕は死ぬ気で君を守る」

 

やり手の国際弁護士からこんなことを言われたら、グッときてしまう女性ぱ多いのかもしれません。

 

彼女はその言葉を信じて、彼と結婚しました。

 

ところが、いざベトナム入りしてみると、彼女の思い描いていた生活とは裏腹に、誰もいない広いマンションに、彼女は一人ポツンと取り残されてしまう日々がはじまりました。

 

彼はとにかく忙しいのです。

 

やり手の30代後半。

 

世界を股にかけて働く国際弁護士……響きはいいですよね。

 

そして実際に、彼は仕事ができる人なのです。

 

日本の大企業を守る法律家として働いていますから、自分の都合でスケジュールは決められません。

 

突然仕事先から連絡が入るかと思うと「今日は帰れない。三日問は帰れないと思う」と唐突に言ってくるというのです。

 

「会社に泊まり込むの?」と聞けば、「いや、クライアントと日本に行ってくる」と、あっさりと彼女を置いて日本に帰国してしまうのですから、そのフットワークの軽さは大したものです。

 

これは彼の仕事にとっては欠かせない能力でしょう。

 

ところが、彼女にしてみれば、彼のこの傾向が致命的な欠点となり、不信感を抱くようになりました。

 

「私一人を置き去りにするわけ?」と。

 

「私も連れていってよ」と言えば「仕事で行くんだから、遊んでいるひまはないし、君と過ごす時間もないんだ」と押し切られてしまいます。

 

彼女は、誰も知らないベトナムで、夫に取り残され、文字どおり、頼る人もいない孤独を味わうはめになってしまったのです。

 

こんなことが何度もくり返されました。

 

やるべき仕事があった彼と、なかった涼子

 

彼女は心身のバランスを崩してしまい、ついに耐えかねて単身帰国してしまったわけです。

 

彼女は何度も訴えるように、くり返しました。

 

「彼は『私を死ぬ気で守る』って言ってくれたんです……。

 

それなのに……私を一人で放置するなんて……」

 

このようなケースは珍しいと思ったら大間違いです。

 

非常に多いのです。

 

もちろん、彼の行動は褒められたものではありません。

 

しかし責められるべきタイプのものでもあしりません。

 

仕事の責任とは、そういうものでもあるからです。

 

学生20代とは違って、男も30代で脂ののった時期には、非常にパワフルに飛び回って働いています。

 

そういう人たちがいなければ、日本は立ちゆきません。

 

ですから、いくら「死ぬ気で守る」と言っても、それは仕事を簡単に休んだり、クライアントとのアポイントをキャンセルしたりということを意味してはいないのです。

 

当然といえば当然のことですね。仕事で忙しくしている彼には、「仕事」というやるべきことがあるわけです。

 

一方の涼子はといえば、彼女の幸せは「彼ありき」になってしまっていたのです。

 

ベトナムという未知の土地で、彼が守ってくれるということだけを頼りに、彼とは関係なく「やるべき」ことを持たぬまま、彼の言葉が自分の心理的不安を払拭してくれるという淡い期待を抱いて、ベトナムに来てしまったのです。

 

彼がいない日中、彼女のやることといえば、広いマンションを掃除し、彼のために食事をつくり、彼の帰りを首を長くして待つだけになってしまったわけです。

 

近所に友人もいませんから、インターネットのチャットで話すことしかできません。

 

地元なら、たくさん知り合いがいたし、兄弟も近くにいました。

 

お気に入りのカフェがどこにあるかも、好きなカレー屋さんがいつお休みかもすべて知っています。

 

学生時代の仲間がやっている居酒屋に行けば、必ず誰か知り合いがいて、夜遅くまで時を過ごすことができました。

 

ところが、ベトナムではそれらすべてができません。

 

新しい土地で楽しみを見つけようにも、何もかもすべてがわからず、言葉もろくに通じず、外国人と付き合うことに慣れていなかった彼女にとっては、現地の人々をなかなか信用することもできませんでした。

 

彼女はひたすら「死ぬ気で君を守る」という言葉にしがみつき、「言ったとおりにしてよ」と彼に迫るのです。

 

彼が彼女を守りたくても、彼は仕事をしなければ、家族を養うことができません。

 

働く男にとっては、外で一生懸命働くことこそ、パートナーのためであり、家庭のためです。

 

ところが、一人さびしく彼の帰りを待っている妻にしてみると、一刻も早く彼女のもとに帰ってくることこそが愛の証です。

 

ベトナムという場所であっても、彼女に「やるべきこと」があって、そのために苦労している自分の姿に「同意」できていれば、つまり、そこに充実感を生み出すものがあれば、彼が留守がちであろうがなかろうが、彼女は自己矛盾を感じることなく現状を受け入れていられたでしょう。

 

しかし、彼女にはそれかおりませんでした。

 

彼女は「このまま一人だったらどうしよう?」という漠然とした不安を埋めるために、結婚に走ったからです。

 

彼女には「こうありたい」という自分自身の思い描く姿かおりませんでした。まさに他力本願だったのですね。

 

 

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