幸せな結婚をするために婚活をやめる!? その@

結婚するために婚活をやめる!? その@

結婚するためには、婚活をやめること

 

結婚したい人たちが持っている勘違いについてお話ししましょう。

 

結婚するためには「婚活」すべきだという考えが、いつのまにか定着しています。

 

結婚のための活動だから婚活。就職するための活動を就活というのと同じというわけですね。

 

婚活するのが悪いとは言いません。

 

しかし私は、結婚したい人たちの勘違いについてお話ししなければなりません。

 

結婚したくなったら、婚活をする……。

 

さて、本当にパートナーを探しているのなら、この考えを捨てることをおすすめします。

 

すでに述べたように、結婚そのものがゴールになってしまってはいけないからです。

 

もちろん、婚活することが悪いというのではありません。

 

ただ、結婚をするための活動を一生懸命することに心を奪われ、じつは結婚からどんどん遠ざかってしまっている人たちが大勢いるのです。

 

重大な勘違い

 

「結婚したくても、相手がいない、出会う機会もない……」

 

じゃあどうしたら……。

 

すると、人々は「じやあ、婚恬だ」となるわけです。

 

ちょっと待ってください。

 

私はこの大前提に「待った」をかけたいのです。

 

順序が違うということを言いたいのです。

 

婚活することが結婚の近道という「大前提」は、大きな勘違いなのです。

 

合コンに参加する、あるいは結婚情報サービスを利用する。

 

だいたいこの二つがメジャーな婚活ですね。

 

これらを「思いつくかぎりやる」という気合はすばらしいです。

 

しかしその気合が、婚活よりも前に向けられなければならない領域があります。

 

努力というのは、正しい努力でなければ意味がないのです。

 

結婚のための「活動」をすることが人生でいちばん大事であるかのごとく、それそのものが「目的」になってし圭うということにならないように、よくよく注意してください。

 

休日ともなれば、結婚情報サービス経由で申し込みのあった人とのデート約束がびっしりで、予定が埋まらないと不安になってしまうという人を知っています。

 

あるいは、あまりにもたくさんの人に会いすぎて、次にもっといい人が現れるのではないかと思いはじめたら決められなくなってしまった人や、なかには、何人もの人と同時に交際していて、同じ日にデートを何件もはしごする人もいます。

 

しまいには、メールを返信する相手を間違えて、本命の人との関係がこわれてしまったなんていう人もいますよ。

 

一人を充実させることのほうが先

 

婚活に一生懸命になっている人は、なにがなんでも結婚することが目的になってしまっていますから、非常に近視眼的になっていて、それ以外には関心がない状態におちいってしまっている人が多いんですね。

 

ところが、これは結婚して、長く充実した生活を送るためにはとても好ましくない状態です。

 

結婚して幸せになるためには、婚活よりも「一人」の人生を充実させることのほうが大切です。

 

私がこういう理由は、前述したように、男がいなくても幸せな女であったほうがよいからです。

 

つまりそれは、自分には生きがいがあって、べつに男がいようがいまいが自分の人生を満喫しているということです。

 

もう少し平たく言えば、「やることがある」女性ということです。

 

やることがないから、婚活に夢中になるわけです。

 

それをしなくても、やることがたくさんあって忙しいくらいのほうがいいのです。

 

やることがあって、生きがいを感じて生きていると、その人は輝いています。

 

自分の好きなことをしているとき、その人は楽しそうにしていますから、いやでも内側からエネルギーがわいてくるものです。

 

そういう女性に男性は惹かれます。

 

誘惑されるという意味ではありません。

 

いわゆるフェロモン系の誘惑をしたいなら、ミニスカー卜をはいて露出度の高い身なりで、すり寄っていけばいいでしょう。

 

ところが、輝いているというのは、そういうことではありません。

 

輝いていない人は、輝いているふりをすることすらできません。

 

本当に内側から発するものがなければ、その場しのぎの空元気で終わってしまいます。

 

すぐにバレてしまうのです。

 

だから、本当に充実していないとダメなのです。

 

輝いている=目標意識がある女

 

輝いているというのは、やることがあるということです。

 

ただ忙しく、バタバタしているという意味ではありません。

 

自分にとって「これこそ私かやるべきこと」と思える何かがあって、実際にそれに取り組んでいるということなのです。

 

そうでないと、日々の忙しさに流されて、自分が何をしたくて、何のために生きているのかもわからず、ただなんとなく、せわしなく過ごしているだけということになってしまいます。

 

こういう状態ですと、心は殺伐としてしまって、輝きとはまったく無縁の、ただ疲れた女になってしまいます。

 

大切なことを言いましょう。

 

「人は、目標意識のない生活のなかで、充実感を見いだすことはできない」のです。

 

目標などという言葉を持ち出すと、急に腰砕けになって「私はべつに営業職でもないし、成功したいとかお金持ちになりたいとか、そんな欲もないから、とくに目標なんてないんですよ……」などと答える人がいるのですが、これは人生というものを、根本的に取り違えています。

 

少し説明しましよう。

 

まず、しつこくくり返しますが、基本的に理解しておかなければならない土台は、「人は精神的な生き物なのだ」ということです。

 

ですから、心の健全さを保つことが、何にもましていちばん大切であることは、何度でも言いすぎることはありません。

 

そして、人の心の健全さにとって、「目標意識」を持つことは欠かすことのできない要素なのです。

 

私がここで言っている「目標」というのは、ビジネスや成功哲学の話でもないし、営業職のような数字がはっきりと出るような仕事の文脈のなかで語られるべきことではありません。

 

それは、あなたの日常生活の態度にかかわることで、あなたの内面からあふれ出す「輝き」にかかわることなのです。

 

「何のために?」がわかつていることが大事

 

ちょっと想像してみてください。

 

ゴールのないマラソンに参加する意味はあるでしょうか?

 

何キロ走ればゴールなのか、どのコースを走ればいいのかがまったく定まっていないレースに参加したとしても、あなたはいったいどこに向かって、どう走ればいいのかわからないはずです。

 

マラソンは、ゴールが決まっているから成立します。

 

ゴールがないのに走っても、情熱を傾けて走る意欲などわいてくるはずもありません。

 

仕事でも同じですよね。

 

あなたが新入社員だとします。

 

出社初日にドキドキしながら与えられる仕事を待っていると、上司がやってきて、あなたのデスクを指差し、「そこに座っていてくれ」と言いました。

 

あなたは緊張しながら座ります。

 

「ここが私の仕事場だ」とあなたは次になすべきことを期待して待っています。

 

ところが、いくら待ってもただ座っているだけで、誰も何も言ってくれなかったらどうでしょう?

 

思いきって、「あの〜、私は何を?」と問うと、「ああ、座っていてくれ」とくり返されるばかり。

 

朝から晩までずっと座っているだけ。

 

くる日もくろ日も、ただ座っているだけの毎日。

 

いったい何のために自分が座っていて、それが何のためになっているのか、まったく知らされないままただ座っているだけだとしたら、あなたは、その仕事に生きがいを感じるでしょうか?

 

情熱をもっていきいきと職場に通えると思いますか?

 

どう考えても無理でしょう?

 

それどころか、そんな職場に通いつづけなければならないと考えるだけで、心は鬱々として、心身のバランスを欠いてしまう可能性だってあるでしょう。

 

心に充実感が満ちるということはありません。

 

保証します。

 

なぜだと思いますか?

 

そうです。

 

「意味がわからないから」です。

 

何のために、なぜやっているのか、いったいそれが何のためになっているのか、どこに向かっているのか、いつまでやりつづけなければならないのか、さっぱりわからないからです。

 

やる意味がわからないから、それをやる気力はわいてこないのです。

 

つまり、人は、どこに向かっているのかまったくわからないこと、何のためになっているかわからないことには、積極的なエネルギーを感じることはないということです。

 

これは別の言い方をすると、「方向」と「到達点」がまったく不明なことには、やる気が起こらない、ということです。

 

そこにはけっして充実感は存在しないし、それをおこないつづけようという気力もわいてきません。

 

それなのに、それをしつづけなければならないとしたら、こわほどストレスフルなことはありません。

 

そんなとき、あなたから輝きは失われてしまいます。

 

きわめて当たり前なことのようですが、じつはこれを理解することはとても重要なのです。

 

つまり、これが「目標意識」と私か表現したことです。

 

人は目標意識をしっかりと持っていないと、充実感とは無縁の生活を送ることになってしまうのです。

 

自己矛盾こそ最大の敵

 

ところが、目標意識をしっかりと持っているだけでいいかというと、そういうわけでもありません。

 

それを理解していたとしても、それが自分にとって価値あることだと認識できていなければ、やはり充実感はわいてこないものです。

 

「自分の行動が、自分にとって価値のある目的の実現のために適っている」ということを具体的に評価できるときのみ、人はその行動に積極的な意味を見いだすことができるからです。

 

それを自覚するとき、内面に「これでいいんだ」という安心感がわいてきて、充実した心の状態で生活することができるのです。

 

たとえば、あなたが仕事で忙しくしていて、まわりからは仕事ができる女だと評価されていたとしても、ほかならぬあなた自身が、

 

「私の努力や忙しさは、所詮は会社の利益にはなっても、私は相変わらず独り身だし、結局私はこのままさびしい人生を送るの?」

 

というふうに感じていたら、これは自分の状態に「同意」できていないことになって、充実感を満喫することはできません。

 

つまり、忙しくしている現実は、会社のためにはなっても、自分のためにはなっていない、と感じているのですね。

 

自分の行動が自分にとっても価値のあることで、価値ある自分の人生の目的実現のために適っていると認識できていない状態といえます。

 

自分の行動や状態に、心から「同意」できていなければ、積極的なエネルギーはわいてこないのです。

 

ですから、30代に突人したバリバワのキャリアウーマンの多くが、ふと「このまま一人なのかしら?」と不安を感じた瞬間に、心身ともにバランスを崩してしまう、などということが起こります。

 

「会社のために身を粉にして働いていても、私の個人生活はこのままさびしいままなの?」

 

という不安ですよね。

 

自分が忙しく働いていることが、会社的にも、十分意味のあることは理解しています。

 

でも、それが自分自身にとってどうなの? という個人にとっての価値ある目標と一致しないかぎり、その自分に同意することができないわけです。

 

このような状態を私は「自己矛盾」と呼んでいます。

 

非常に大事な結論めいたことを言いますと、精神的な生き物である人間にとって、この「自己矛盾」こそが最大の敵であり、人の精神に最も悪い影響を与えます。

 

自己矛盾状態では、心の状態の健全さは望めません。

 

ですから、人は、あらゆる努力をして「自己矛盾」を起こさないために注意深く行動していくことが求められるのです。

 

あなたが結婚していないことは何の問題でもありません。

 

自己矛盾こそが問題なのです。

 

 

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